作品を読み解く:Anne《Pinch Out / Good Trip》
10月9日から京都で開催される国際展「Kyōto YouMe Triennale 2026」のサテライト展示として、ビジュアルアーティストAnneの個展「There, All Along」を開催いたします。
Anneは、作品について多くを語りません。そこには、鑑賞者それぞれが自由に作品と向き合い、自らの視点で意味を見出す余白が残されています。
本展で展示する作品の中から、今回は《Pinch Out / Good Trip》を取り上げます。
横山大観《柳蔭》を起点に制作された本作について、ギャラリー琳の視点から、その背景や作品に込められた構造を紐解いていきます。

Text:Ryohei Miki, Producer of Gallery Rin
横山大観《柳蔭》の一部分を起点に、画面を大胆に切り取り、拡大することで再構成された《pinch out / good trip》。本作は、一枚の絵画の「全体」から特定の部分だけを取り出すことで、絵画を見るという行為そのものを問い直している。
《柳蔭》をめぐっては、伝周文《四季山水図屏風》との関係が指摘されている。周文の画面に描かれた一場面が大観の《柳蔭》へと展開されていることを踏まえると、そこには、過去の絵画を学び、特定のモチーフや構図を取り込みながら、自らの画面へと変換していく近代日本画の制作のあり方を見ることができる。
もちろん、これを現代的な意味でそのまま「サンプリング」と呼ぶことには慎重さが必要だろう。古画を手本とし、そこから学び、変換する行為は、日本画の長い制作の伝統の中に位置づけられるからである。


しかし、現代の視点からこの関係を「サンプリング」という概念によって捉え直すなら、本作はさらに興味深い構造を持つ。
すなわち、
伝周文《四季山水図屏風》
→ 横山大観《柳蔭》
→ Anne 《Pinch Out / Good Trip》
という、絵画から絵画への連鎖である。
《Pinch Out / Good Trip》では、《柳蔭》の画面から、驢馬の尻尾と木にもたれる童子という一部分だけが取り出される。もともとは大きな画面の中に存在していた小さな場面が、周囲の風景から切り離され、拡大されることで、新たな「全体」として提示される。

ここで「サンプリング」は、単に既存の絵画から何かを借りることを意味しない。何を選び、どこで切り取り、どこまで拡大し、何を残すのか。その選択によって、元の作品の中では一部分に過ぎなかったものを、別の作品の中心へと移し替える行為である。
その意味で、本作は大観の《柳蔭》をサンプリングすると同時に、絵画が過去の絵画を取り込み、変換され、次の絵画へと受け渡されていく仕組みそのものをサンプリングしているともいえる。
タイトルの「pinch out」は、スマートフォンやタブレットの画面上で画像を拡大する操作を想起させる。
しかし、本作におけるピンチアウトは単なるデジタル操作ではない。
《柳蔭》という「全体」から一部分を拡大することで、かつては「部分」だったものが新たな「全体」になる。そして、その新しい全体を見ている鑑賞者は、そこに元となった《柳蔭》の存在を重ね合わせることになる。
「全体の中の部分」が「新しい全体」へと変わり、さらにその「新しい全体」から、再び元の全体が意識される。
この往復運動が、本作の視覚的な仕掛けの一つとなっている。

そこに置かれるのが、金地とカラフルな点である。
金地は日本画、とりわけ近代日本画の画面を連想させる一方、画面に散在する色彩の点は、ピクセルやデジタルノイズを思わせる。古典絵画から引き出された人物や驢馬の一部分と、デジタル画像を思わせる視覚的要素が同居することで、異なる時代の視覚が一つの画面に重ねられている。
そして「good trip」という言葉が、この視覚的な移動にもう一つの意味を与える。
ここでの「trip」は、単純な旅を意味するだけではない。一部分を拡大することで、見慣れた絵画の見え方が少しずつ変化し、鑑賞者の視線もまた、もともとの画面とは異なる場所へ移動していく。

そこには、絵画の中へ入り込んでいくような感覚とともに、現実の輪郭や視覚のあり方がわずかに揺らぐような、陶酔的なニュアンスも含まれている。
「pinch out」と「good trip」は、デジタル上の画像操作と、変化する知覚という二つの経験を重ね合わせる。
こうして見ると、本作は単に大観の《柳蔭》を現代的に描き直した作品ではない。
周文から大観へ、大観から本作へ。
過去の絵画を参照し、そこから一部分を取り出し、変換し、新しい画面へと送り出す。その連鎖の中で、作品の「オリジナル」と「引用されたもの」、「部分」と「全体」、「過去」と「現在」の境界が揺らいでいく。
《pinch out / good trip》は、一部分を拡大するという極めて現代的な操作を入り口として、絵画史の中に存在する「受け継ぐこと」と「変えること」の関係を可視化する。
一枚の絵から一部分を取り出すことは、その絵を失うことではない。
むしろ、取り出された一部分が別の全体となることで、元の絵画もまた新たな姿で立ち上がってくる。
本作は、その終わりのない往復運動を、一つの「trip」として提示している。




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