連載:早春の茶事 Part2
- 4 日前
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露路 — 心を鎮めるための道
— 茶室へ入る前に、心を整える
連載:早春の茶事 Part1 に引き続き、3月10日に京都・今熊野観音寺にて開いた茶事についての記録です。

茶事は、お茶室で一服のお茶が出されるよりも、もっと前からすでに始まっています。
露路と呼ばれる庭の小径は、客と亭主の双方の心を静かに整え、茶室へ入る前に心を鎮めるための役割があります。
茶事において露路は、単に茶室へと続く通り道ではありません。一歩足を踏み入れた瞬間から、客は日常の喧騒や忙しさを少しずつ手放していきます。庭の中を歩くうちに、自然と歩みはゆるやかになり、静かな空気の中で心も次第に落ち着いていきます。
客が通る場所には、必ず打ち水が施され、蹲に張られた水は清らかに、露路も丁寧に掃き清めます。ひんやりとした水と、整えられた庭の静けさが、心を穏やかにするひとときを生み出します。茶室へ入る前に、客はそっと心を整える時間を与えられるのです。

腰掛待合では、火入、灰吹、キセルを添えた莨盆が客を迎えます。現代では実際に使われることはなくなってきましたが、本来は客が待つ間に一服し、心を和らげるためのものでした。

また腰掛の横には、棕櫚の葉で作られた箒が掛けられます。この箒は掃除道具としての役割ではなく、その日のためにすべてが整えられたことを示す、静かな印でもあります。

今回の茶事では、その棕櫚箒を自分たちで作ることにしました。青竹と棕櫚の葉を用意し、竹を適切な長さに切り、お寺に境内からいただいた棕櫚の葉を洗い清め、一本一本丁寧に結んでいきます。
言葉にすれば簡単な作業のように思えますが、実際には、露路を歩く客の姿を思い浮かべながら、一つひとつの工程を大切に進めていきました。



亭主である私たちにとっても、この準備の時間はかけがえのないものでした。露路を掃き、庭に手を入れる中で、私たち自身の心もまた、静かに整えられていったように思います。
露路は、客と亭主の双方を静かに導き、茶室でともに過ごすひとときへとつないでいきます。
Shiho Kanai
Art Director, Gallery Rin


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