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The Story Behind the Work

Muyonoyo 無用之用
「無用の用」は、『荘子』に由来する言葉です。
直接の出典は、「人間世篇」にある、
「人皆知有用之用,而莫知無用之用也」
――人は皆、有用なものの価値は知っているが、無用なものの価値を知る者はいない。
という一節です。
この言葉の前では、桂の木は食用になるため伐られ、漆の木は利用できるため傷つけられる、という話が語られています。
人間にとって「有用」であることが、かえってそのものを損なうことがある。
一方、「無用」であるものは、利用されないからこそ、そのまま存在し続けることができる。
「無用の用」は、単に「役に立たないものにも、実は役割がある」という意味ではありません。
むしろ、私たちが当然のように使っている「役に立つ/立たない」という尺度そのものへの問いかけとして読むことができます。
『老子』「道徳経」第十一章にも、
「故有之以為利、無之以為用」
――有るものが役に立つのは、無いものが用を成しているからだ。
という言葉があります。
車輪の中心の空間、器の中の空間、部屋の空間。
形として「有る」ものだけではなく、そこに「無」があるからこそ、ものはその働きを持つ。
「無用」とは、本当に「無用」なのか。
あるいは、私たちがまだその「用」を見つけられていないだけなのか。
そして、そもそも――
すべてのものに「用」を求める必要があるのだろうか。
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